以下は合宿の当日配布したレジュメです。 ***************************************** これであなたも脚本が書ける・・・んじゃないかな講座 2005.5.7 by福井商業高校演劇部顧問 玉村徹 ◎脚本を書くまえに  まず、最初に知っておくべきコトは、「脚本なんて書かなくったっていい」ということ である。書かずにすむならそれにこしたことはない。だいたいあんな面倒くさいモノ、なん でわざわざ書かなきゃならないのか。知ってます? 1時間の脚本というのは原稿用紙に 直すと80枚くらいになるんだよ。80枚。なんだろね、このムチャな枚数。夏休みの宿 題の読書感想文だってせいぜい5枚でしょ。それが80枚。信じられない。アホですね、 こんなことやる奴は。というわけで、脚本を書くなんてコトは、どうしてもしなくちゃな らないという事情がない限りは、しないほうがずっといいのである。  ついでに、創作脚本と既成脚本、という問題もある。簡単に言えば、自分で書いたら創 作脚本・出版された本とか脚本集とかインターネットのサイトから持ってくれば既成脚本 ということになるのだけれど、たとえば高校演劇に限って言えば、とある調査によれば、 毎年1000以上の創作脚本が書かれているそうである。てことは、10年で1万。だか ら、大変な手間をかけて創作脚本に取り組むよりも、すでに書かれているたくさんの脚本 の中から良いモノを選んだ方がずっと楽だし、たぶん正しい方法なんである。あなたは、 1万の既成脚本よりも新しくて素晴らしくて独創的な脚本を書き上げる自信があります か? シェイクスピアよりもチェーホフよりも井上ひさしよりもクドカンよりも優れた作 品を書く力が自分にあると、ほんとに思いますか? 安易に(あえて、自戒を込めて言い ますけど)脚本を書き出す前に、既成のしっかりした脚本を探すという努力を忘れてはい けません。  とはいえ。  どうでもこうでも書かなきゃいけない、そういうことだってある。個人的な話で申し訳 ないけれど、僕の場合、部員が3人しかいなかったことがありました。「照明一人に音響 一人だから役者は一人芝居をがんばって」的状況ですね。役者に一人で1時間演じきる力 があったらそれでも良かったんでしょうが、原稿用紙80枚の脚本を全部一人で暗記しろ なんてあんたは鬼か。というわけで、3人とも役者として舞台にあがっているけれど、照 明や音響の操作のために時々舞台を降りても不自然ではないような脚本が必要になったわ けです。どこのホールでも舞台から調光室まで急いで50秒くらいはかかります。で、機 器を操作して10秒。走って帰ってまた50秒。合計約2分間。もちろん複雑な照明や音 響は無理です(もちろん照明も音響もナシ、そういう選択肢もあります。地味な劇ってや つですね。ただ、それはそれで役者に大きな負担を強いることになります・・・音や光の サポートがないんだから。)。  そういう贅沢な要求に応える脚本はなかなかありませんでしたから、ひいひい言いなが ら書きました。出来はわかんないけど、とにかく上演はできました。 (もし興味がおありなら、http://www.j-em.org/~shige/kyakuhon/tamamura/yumesumu.html で読めます)  なので。創作しなきゃ上演できない、そういうときには書くしかありません。 ◎脚本のタネ  脚本を書き出す前にまずぶつかる問題は、「書きたいけど、何を書いていいのかわから ない」あるいは「書きたいモノが見つからない」というものです。これについての答えは 簡単で、それなら書かなきゃいい。こちら側に、お客さんに伝えたいなにかがないという のに脚本を書こうなんて、そりゃ無理です。  これまた自分のことでアレですが(ていうか、人間は自分の体験からしかモノを言うこ とができない、と僕は思います)、これでも小さい頃から本を読むのが好きで、いつかは 小説家になってみたいなぁ、なんて思ってました。それもSFとかファンタジーが大好き だったので、自分も大宇宙を駆けめぐったり魔法使いが術を競ったり、なんてお話を書き たいと思っていた。いやもう、恥ずかしいですね。認めたくないもんです、自分の若さ故 のあやまちってのは。  そしたら先日のこと。久しぶりに戸棚を整理してきたら、なんと当時の小説ノートが出 てきたんですね。うわー。開けてみたら細かい字でびっしり、SF小説の設定が。太古銀 河系を支配していて原因不明のまま消滅した謎の種族だとか、超空間なんたらかんたらゲ ートだとか、機械知性が支配する巨大宇宙船だとか、ゲートの向こうから現れる謎の敵だ とか、その敵の存在を19世紀のロンドンに活躍したある名探偵(そう、あの人です)は 驚異的な推理力で察知するのだけれど、当時の科学力ではどうにもならないので秘密文書 として書き残し、それを解読した21世紀の我らがヒーローはゲートの彼方の未知なる宇 宙に向かって・・・あれ。結構面白そうじゃん。 けれど問題は、この小説が完成しなかったというところにあります。設定だけはオニの ように作りまくったのですが、そして最初の10ページくらいまでは書くんだけど、そこ まで。未完。行き詰まり。僕のノートにはそういう破産した話が山のようにありました。 なんだかもう。  どうして書けなかったのか、それは今になるとわかります。それは、ほんとに伝えたい ことがなかったからです。小説の世界にあこがれて(それはアニメでもマンガでも同じで すが)、自分もこんなお話が作りたいなぁ、と思うことは・・・その気持ちはとてもよく わかるけれど、それは「書いてみたい」という気持ちでしかなくて、「これを伝えたい」 という気持ちとは全く違うんです。誤解を承知で言えば、後者が作家の世界、前者が同人 誌の世界だと言ってもいい。  でまた別の話。数年前、僕の住んでいる団地で、ある女性が亡くなりました。まだ若い お母さんで、子供が3人、小学生やら幼稚園やら、やんちゃな男の子たちがいました。僕 のまだ小さかった娘のこともかわいがってくれて、「もう少し大きくなったら、うちの子 と遊べるねぇ」なんて言ってくれた、親切な人でした。それがある日の夕方、突然「頭が 痛い」と言い出して・・・昼間は小学校のPTAの仕事で忙しく働いておられました・・ ・そのまま、夜には還らぬ人になってしまったんです。突然死です。  お通夜に行きました。お父さんという人は、魚市場で働く威勢のいい人だったんですが、 頭を坊主にしておられて、身体も一回り縮んだように見えました。かける言葉もありませ んでした。なのに、下の子供は小さかったせいでしょうか、母親が死んだということもわ からず、「お客さんがたくさん来た」と思って大はしゃぎでした。もちろん、いつかは気 がつくでしょうが・・・そして心に大きな傷を負うことになるでしょう。そう思うといた たまれない気持ちになりました。  そのとき思いました。  不謹慎かもしれないけれど、これを劇にしよう。この思いも、時間がたてば風化してし まう。一人のお母さんがいたことも、そのお母さんが子供を愛し、夫を愛し、福井の片隅 で一生懸命生きていたことも、いずれは忘れ去られてしまう。それは・・・それはあんま りだ。自分に何ほどのことができるかわからないが、とにかく書き残しておこう。  これが「これを伝えたい」という気持ちです。 (ちなみにこれも興味があれば・・・って、宣伝してどうする・・・ここで読めます。   http://www.j-em.org/~shige/kyakuhon/tamamura/longtime.html)  「伝えたいもの」は、だから、あなたの身の回りにある。他のどこにもない。本にもア ニメにもマンガの中にもない。ほんとです。本ならおよそ5000冊、アニメビデオなら 数百本、マンガは数え切れないほど所有している僕が言うんだから間違いありません。っ て自慢できることではないだろ。いやとにかく、そういう他から手に入るモノは、補助的 な資料にはなるけれど、それ以上ではありません。やむにやまれぬ・どうしてもこれを伝 えたい、そういう強い動機だけが脚本を生み出す。  だから「近未来を舞台にしたアンドロイドと人間の戦い」だとか「魔法使いの血を引い た少年が自分の力に目覚めて邪神を倒して世界の平和をもたらす」なんぞという劇を僕は 見る気にならないんです。そんな話はどこにでもある。誰かのモノマネでしかない。だか らつまらない。面白がられはするだろうけれど、感動させることはできない。笑えるかも しれないけれど、涙を流す気にはならない。  そりゃまあ、僕もお客さんが涙を流す脚本、はまだ書いたことがありません。いつ書け るかもわからない。才能がないのが悔しい。どうせ僕はアホです。でも、目指してはいる し、いつかすげえ傑作を書いてやるぞと思っているし、そういう理想がないんだったら脚 本書きなんかやめたほうがいい。  それから、補足すれば「伝えたいこと」は、常に明確で具体的なものでなくてはなりません。 たとえば、「進路問題を劇にしたい」、ではたぶん駄目です。漠然としてますから。「自分 の夢と親や先生の意見が合わないで孤立してしまった高校生を描きたい」なら、脚本にな るでしょう。 ◎テーマを巡って  「伝えたいもの」が生まれたら、それを展開して脚本にしていくことになるわけだが、 ここで一つ大事な問題がある。「テーマ」である。「伝えたいもの」と「テーマ」って同 じモノじゃないか、と思う諸君。けれども僕は、実は「伝えたいもの」と「テーマ」は別 物だ、ということが言いたいのである。  だいたいテーマなんてものは、ないほうがいい。え? わかんないですか?   ほら、よくいるでしょ、幕間討論とか生徒講評とかで、テーマがどうのこうの(「この 劇のテーマは何ですか」とか「テーマがわかりづらい」とかね)口にする人。あれくらい 無意味な発言もないね。テーマってそんなに簡単に説明できるものなんだろうか。一言で 説明できるものなら、最初から一言で表現しているわけで、なにも1時間もかけて上演す る必要はない。  たとえば、警察署の人たちが小学校を訪問して「交通安全」をうったえる寸劇を上演す るとします。急に道に飛び出す「太郎君」とか、太郎君とぶつかりそうになる「自動車君」、 それから太郎君にお説教する「おまわりさん」などのキャストが15分くらいの劇を演じ るわけだ。で、最後に、  おまわりさん  だからね、太郎君、道路に急に飛び出してはいけないよ。  太郎君     はい、わかりました。もう絶対飛び出したりしません。おじさん、あ          りがとう。 とかなんとか言うわけ。この場合、テーマははっきりしている。傍線部のところが、この 劇のテーマだ。でも、これは劇ではない。 反対に。  シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」はどうだろう。あの作品の感動は、恋人同 士が引き裂かれて最後に死んでしまう、なんてところにあるのではない。(え? 読んだ ことない? なんだと。演劇部員がそんなことでどーする。1時間くらいで読めるから、 一通り読んでおくべきです。若いんだし。なにか新しいものを生み出していこうと思うの ならば、過去の作品を知っておかなくては。)ロミオやジュリエットがはじめて本当の相 手に出遭って、どきまぎしたり誤解したり悶々としたり、やがて互いを燃やし尽くすよう な恋に落ちて家も名前も名誉も捨てて・・・つまりは、みずみずしい人間像そのものに感 動がある。最後に二人が死ぬなんてのは、ほんの付け足しでしかない。と僕は思う。それ はまさしく現実の我々と同じだ。我々の人生は今こうして生きていることにあるので、最 後の死ぬ瞬間だけが大事な訳じゃない。ロミオもジュリエットも自分たちが最後に死ぬな んてコトは考えてもいない。ただ、彼らは今という瞬間を精一杯生きているだけだ。だか ら、僕たちは彼らの生き方に感動するのだ。それなのに、「ロミジュリ? ああ、恋人同 士が最後死んじゃう話ね」なんて簡単に要約してるヤツ、ちょっと職員室まで来い。  「ロミジュリ」でなくてもいい。あなたが知っている劇のたいていは、「テーマは何」 なんていう粗雑な質問ではとらえきれないはずだ。そこには人間が描かれているし、その 人間の集合であるところの世界が描かれている。そして「人間」も「世界」も一言で説明 できるものではない。たとえば、井上ひさしの「父と暮らせば」や高校演劇で有名な「ゲ ルニカ」など、戦争を素材にした劇は数多い。それらを「戦争反対というテーマの劇であ る」ととらえたとしたら、それは間違いとは言えないだろうが、とても乱暴な総括だろう。 私たちはそれらの劇を見て「戦争には反対だ」という思いだけを抱くのだろうか? そう ではない。私たちはその劇の中の人間たちの命に感動するのである。戦争という極限状況 の中でも輝きを失わない彼らの姿に感動するのである。私たちは、口先だけのスローガン に感動したりはしないのだ。  劇でなくてもいい。最近読んだ小説で、非常に感動した作品があったとして、その感動 を短い言葉で要約できるだろうか。国語の先生は「作者の言いたいことを50字でまとめ てみよう」なんていうけれど、って僕も国語の教員なんだけど、そんなことまともな神経 で出来るか。「ゲド戦記」の要約? 「イルスの竪琴」のテーマ? 「アルクトゥールス への旅」の感動の焦点?(どれも良質のファンタジー小説。2つ以上読んだことのある人 がいたら友達になろう。好きなものをおごってあげる) そんなもの、簡単に言えるはず がない。  一つの作品に含まれている内容は、簡単な一言に要約することはできない。そこには人 間がある。世界がある。そこに感動がある。感動は要約できない。そしてもちろん交通安 全教室なら要約できる。それは、交通安全教室が人間を描いていないからだ。人間を描い ていないから、感動がない。感動がない代わりに・・・説教がある。そしてテーマという のは、この「説教」に似ている。  戦争をしてはいけない/いじめはやめよう/不登校の苦しみを理解しよう/自分の進路 は自分で決めよう/友情を大切にしよう/困難があってもあきらめないで/なんでも点数 で考えるのは間違っている/・・・これらは間違ってはいないけれど、どれもお説教であ る。  お説教を前面に出したら、話は面白くなくなる。○○先生のお話はためになるけど眠く なる、それと同じである。わかりやすいけれど、感動はしない。メッセージは伝わってく るけれど、心がふるえることはない。  というわけで。  テーマなんてものにこだわるべきではない。そんなものは批評家に任せておけばいい。 僕たちはもっと大きなものを取り扱うべきなのだ。それが「伝えたいもの」であり、それはご くおおざっぱに言えば、人間の姿そのものであるはずなのだ。   ◎ストーリーに展開する  具体的に話を進めてみよう。  まず、「伝えたいもの」は「いじめから不登校になった主人公が立ち直る」という物語 だとする。では、これをストーリーに展開していくとするとどうなるか。  ちなみに、以下に展開するのは「悪い例」なので、そこのところをお間違えないように。 「主人公は不登校なんだよな。ええと、不登校になった理由が必要で、それはイジメとい うことになってるわけだから、虐められているシーンを書かないといけない。場所は学校 の教室で、クラスのいじめっ子たちが主人公の教科書を引き裂いて『このバイキン女』っ てののしる場面だな。それから次は部屋に引きこもってしまって、学校に行かなくなる場 面を書く、と。母親がドア越しに『いいかげんに部屋から出て・・・高校くらい出ておか ないと駄目だから』なんて言うんだよ。でも主人公の心には届かなくて『うるせえ、ハバ ア』とかなんとか。家庭内暴力だな。ここは怖いシーンにしよう。音響なんかも派手に入 れてさ。ガチャーンってね。 さてと。このまんまだと物語が進行しないよな。友達が一人だけはいることにしよう。で、 こいつが時々メールを送ってきたりする。そのうち、この友達に説得されて部屋の外に出 るようになって、公園とか歩くようになる。で、ここで出会いがあるわけだ。主人公が立 ち直る話なんだからね。ええと、公園で出遭うヤツと言えば・・・ホームレス? 暗いな。 ハト? 出遭ってどーする。リハビリのために散歩してるおじいさん? あ、これはいけ るかも。大きな病気をして、身体に麻痺がのっこてる老人。でも一生懸命に生きていこう としている老人。最初は反発するんだけど、だんだんこのおじいさんと話をしていくよう になって、主人公も頑張っていこうって言う気持ちになるんだよ。うんうん。いいんじゃ ないこれ。これだと老人問題とか介護問題とかも入ってくるから、審査員にもウケがいい だろうし。ぐふふ。これでもう勝ったも同然。わーっはっは。 で、主人公は老人の家に行ってその世話をするようになる。老人の一生とか悲しみなんか もだんだんわかってくるんだよね。で、自分がどれほど恵まれているかがわかってくる。 まてよ。このまんまじゃまずいよな。なんか盛り上がるようなドラマがないと。そうだ、 このおじいさんが死ぬ、っていうのはどうだろ。実は病気が治ってなくて。悪化してて、 それを隠して頑張ってて。いいね、この展開。そうだ、どうせなら、ドラマチックに死ん でもらおう。主人公たちがおじいさんの誕生パーティとかするんだよ。ケーキ作ってプレ ゼントとか持ち寄って。プレゼントはポリデント1年分と手編みの腹巻きで。で、『ハッ ピーバースデー、ディア、じいちゃん!』そこで突然胸を押さえて倒れるおじいちゃん、 と。 そのあとお通夜とかお葬式とか、そういうのはナレーションですませてしまおう。めんど くさいから。で、最後のシーンはやっぱ公園にしよう。主人公と友達が話をするんだ。  友達  で、どうするの、これから。  主人公 どうするって。  友達  あんたのことだよ。どうするのさ。  主人公 どうするって・・・なにを。  友達  いつまでもここにこうしてもいられないでしょ。あんた、そろそろ学校に来な      よ。  主人公 なによそれ。なんであたしがそんなとこ。  友達  まだそんなこと言ってるんだ。駄目だって、こんなとこにいたってなんにもな      らないんだから。   主人公 うるさい。  友達  あんただって行きたいんだろ、学校。  主人公 うるさいうるさい。  友達  自分をごまかすの、もうやめたら。  主人公 うるさいうるさいうるさい!  友達  うるさいのはどっちよ! 少しはあたしの話を聞きな!  主人公 ・・・。  友達  これは黙っておこうと思ったけど・・・ ここで、友達がおじいちゃんが書いた手紙を出すわけ。最後のメッセージを友達に託して いた訳ね。で、その中には、戦争でたくさんの友達を亡くしたこと、だから若者が自分を 粗末にすることが許せないこと、自分の病気のことと、そして自分の分まで生きてほしい こと、などが書いてある。で、友達はこれを切々と読むわけ。  友達  『・・・どうかまっすぐ、前に進んでほしい。頑固ジジイより』  主人公 ・・・おじいちゃん・・・。  友達  ね、頑張ってみようよ。じいちゃんの分まで。あたしも応援するからさ。  主人公 ・・・うん。 最後は適当に音楽をかけて、夕焼けの照明をつけて。で、ゆっくりと緞帳が下りていく。 おーし、完成!」  ・・・だめでしょお、これでわ。  不登校とか老人問題とかいろいろ「問題」を取り上げるのはよいけれど、扱いが表面的 です。資料調べが出来てない。実態を知らない。だからストーリーがご都合主義的になる。 老人の手紙なんて反則もいいところです。ほんとにそんなことで人間が立ち直るのか。も ー、いくらでも突っ込める。    このストーリーは、僕が5分ででっち上げたもの。だからもちろん、いいものであるは ずがない。けれども本当の問題は、これがオリジナリティというものをまったく欠いてい るということだ。  自分が伝えたいものを形にするときに、一番陥りやすいのがこの落とし穴。世の中には 無数のドラマが流れていて、うっかりするとそのドラマに自分が引きずられてしまう。そ してそれを自分のドラマだと勘違いしてしまう。脚本書きは、そういうありふれたドラマ に逃げてはいけない。ぎりぎりまで、「本当の自分らしさ」にこだわるべきだと思う。自 分を失うことを怖れるべきだと思う。  でもさ。  こういう脚本って高校演劇では結構多いのだ。そこんところが一番怖いことかも。 ◎注意事項あれこれ  以下は思いついたことを順不同であげたもの。わかんないぞ、というものがあったら説 明しますので、どうぞご質問を。なお、あくまでも一般論。いつだって例外はあるので、 絶対の法則というわけじゃありません。 脚本の使命は1時間、お客さんの注意をそらさないこと。 暗転は出来たらナシ、駄目なら3回以内・10秒まで。 意味のある暗転ならよし。ただし、暗転中の音楽は必須。 短すぎるシーンは敗北。 上演開始後5分以内に主要キャストを全員出すこと。 上演開始後5分以内に、この劇がどういう劇か、お客さんと約束を取り交わすこと。 せりふがすべてではない。沈黙を怖れるな。 説明的なせりふは絶対に絶対に絶対に、駄目。 大事なものは見せない。 役者の肉体を無視するな。 第一稿はつねに駄作。批判してくれる友達は神様。 劇は、映画ともテレビとも小説とも全然違う。・・・でも、何が違うのか、はっきり言え ますか。 資料は背骨。図書館は楽園。 「自然に人が集まる場所」を思いつけたら劇が始められる。 「困難」を思いつけたら劇を進められる。 完成の期限は守ろう。稽古のために2ヶ月はとれるように。脚本家の「あともう少し」に 耳を貸さない。そういうときは、いさぎよく既成脚本に切り替えよう。 ◎実習  さて、書いてみよう。  設定は以下の通りです。  登場人物は3人。同じクラスの友達同士。    英子  高校生    美子  高校生    椎子 高校生・最近母親を事故でなくしている  場所は、教室。  時間は、朝。SHが始まる前。 条件は、 1 劇の最初のシーンである。 2 ストーリーは、       英子と美子は椎子を慰めるための相談をしている。      そこに椎子が登校してくる。  慰めようとする英子と美子。  その必要はないと断る椎子。 チャイムが鳴って先生が教室に入ってくる。 と、ここまで。  健闘を祈ります。  次に載せるのは参考作品です。これを見ないで、とりあえず自分で書いてみましょう。  で、それから「参考作品」を読んでみると・・・結構発見があるかも。  ちゃんと書きましたか?  駄目だよ、先に見ちゃ。  駄目だってば。    ほんとに書いた?  よーし、信じよう。 参考作品「LONG LONG TIME AGO・・・」(作・玉村徹)より 英子 でさ、この続きがあってさ、こいつって、どこまでズレてんだか、って感じでさ。 美子 チャイムなったよ。 英子 もう、視線が遠くを見てるわけ。んでもってこう、手が寄ってくるわけ、もろ、ア    レな感じで。英子さん、大ピーンチ! 美子 チャイムなったってば。 英子 いきなり手ぇ出してくるか、おいおい、だよね。そりゃ、まあ、顔は悪くなかった。    結構いける、と思う。でもさ。 美子 チャイム。 英子 そう簡単には、だよね。ねえ、なんていうかな、そう、雰囲気。雰囲気ってあるじ    ゃない。それを、手ぇ握って、耳元でささやいて、「君が好きだ」って、そりゃテ    レビの見過ぎだっての。 美子 聞こえてんの? 英子 ・・・聞こえてるよ。 美子 だったらさあ。 英子 まだ、はじまんないよ、先生遅いから。 美子 椎子んち、電話したんでしょ。 英子 まあね。 美子 で、今日は来るって。 英子 うん。一週間ぶり。・・・でも、もう。 美子 英子。 英子 はいはい。けどさ。 美子 なによ。 英子 いいえ、なんでもありません。 美子 なによ。 英子 なんでもないって。 美子 気になるじゃない。なによ。言ってよ。 英子 ・・・駄目だよ、こんなの。 美子 ・・・・。 英子 うまくいきっこないよ。うん。絶対。 美子 あんたが言い出したことじゃない。 英子 絶対、怒るよ。うん。あたしだったら、怒るだろうな。うん、怒るね、やっぱ。 美子 ちょっと、どうしちゃったのよ。 英子 中途半端な友情はかえって人を傷つける、って言うじゃない。 美子 いまさら何いってんの。 英子 なんてったって、亡くなったの、お母さんだし。 美子 それは。 英子 ダメージ大きいよ。ま、これが、あたしんちのかーちゃんなら、象に踏まれたって    死んだりしないんだけどね。・・・美子、やっぱ、あたし降りるわ。ごめんねー。 美子 こら、ちょっと。  *美子と英子、もみ合う。そこに、椎子、上手袖より、教室に入ってくる。 椎子 ・・・。  *一瞬凍り付く美子と英子。 美子 おっす、椎子。 椎子 なに? 美子 なにが。 椎子 それ。 美子 どれ。 椎子 あんたたちのそれ。 美子 あ、これ? これは、さ。これは、そら。 英子 だ、ダンス! 美子 ダンス? 英子 そう、社交ダンス。アルゼンチン・タンゴなんていいよお。 美子 タンゴ? 椎子 違うの? 美子 そうそう。タンゴ。 英子 今度の文化祭で、って話があって。ほら、シャル・ウイ・ダンス、みたいな。チャ    ッチャラチャッチャ、チャッチャラチャッチャ、チャッチャラチャッチャ、ウー、 美子 マンボ。それ。 英子 でした。 美子 あのねえ。 英子 出てみない? 椎子 ほんとの話? 英子 えと。嘘だけど。 椎子 なんだ。(と、椅子に座って前を向く) 美子 ・・・(椎子に)あのね。 英子 待って。言うわよ、あたしが。(深呼吸して)あのね、椎子。 椎子 ・・・・。 英子 椎子? 椎子 え、なに? なんか言った? 英子 いやその・・・うん、えとね、今度の・・・今度のことは大変だったと思う。大変    なんて言葉じゃ言い尽くせないくらい大変だったと思う。でも、元気出して欲しい。    椎子が元気じゃないと、学校、つまんないから。それで、もしよかったら今度の日    曜、みんなで。 椎子 (ほほえんで)元気だよ。 英子 パーッと、・・・はい? 椎子 あたし、元気だよ。 英子 いや、だって。 椎子 今度の日曜はあたし駄目なんだ。(前に向き直る) 英子 その、パーッと。・・・パーッと。 美子 やめといたら。  *先生入ってくる。 美子 起立。礼。着席。 先生 え、えと、欠席の人は・・・いませんね。うん、よかった。やっぱり、みんなそろ    うと、気持ちいいですからね。え、えと、青木さん。 椎子 はい? 先生 あ、と、もう大丈夫ですか。 英子 あ、あ。 椎子 はい? 先生 いや、その、ちょっと心配してて、いいんですけどね、まあその。 椎子 何日も休んじゃってすいませんでした。でも、大丈夫です、もちろん。 ・・・以下略。