コノソラノシタ  
 
 
真っ暗な中トップサス(中)だけがついている。Aがその下で手のひらをこすりあわせながら、ニヤニヤしている。
 
A「猫の毛って、丸めたことありますか?こう・・・ブラッシングしたら、猫ってたくさん毛抜けるでしょ?毛をもしゃもしゃって丸めるんです。それを何重にも何百にもすると、すっごく硬いボールが出来上がるんですよ。握りつぶせないくらい。実際、できませんからね。例えばの話ですよ。「何百」ってのは。でも本当、いいボールになるんですよ。私なんてつくりすぎて、もう7、8個くらい部屋の中を転がってるんです。母は「そんなもの、捨ててしまいなさい」っていうんですけど、できますか?そんなこと何のために私が7個も8個も無心でボールを作ったと思ってるんだ!!って腹が立ちましたけど、別に、何のためにつくっているのか自分でもわからないので、怒るのをやめました。ではなぜあ、あの時私は腹を立てたのでしょう?何の意味もないのに・・・」
 
無表情になりうつむく。証明(青)はつく。田舎の空地。Bがあきらめ顔で歩いてくる。
 
A「あった?」
B(一瞬立ち止まり、首を振る)
A「そっか・・・」
B「・・・「あった」って何?」
A「え?」
B「普通、言わないよね。」
A「どういうこと?」
B「生き物だよ?」
A「ああ」
B「普通言わないよね」
A「でもさ、動物を英語で「what」っていうのと同じだと思うよ。ほら人の場合「Who is〜?」って聞くけど物とか動物の場合「What is〜?」って聞くじゃん」
B「動物は物じゃないんだよ」
A「そうだね。ごめん。じゃあ・・・「いた?」私の「大切なもの」。」
B「・・・いない・・・」
A「そっか・・・昨日の夜もいなかったし、昼もいなかったし、朝もいなかったし、おとといの夜も昼も朝も、その前の夜も昼も朝も・・・そのまた・・・」
B「落ち着いて。探せばみつかる。私が今まで、あんたに嘘ついたことある?」
A「・・・(考えてみて)ない。」
B「ね?じゃあ、探そう。探しているうちに見つかるよ、きっと」
A「きっと?」
B「えーと・・・見つかるよ絶対!!たぶん」
A「たぶん?」
B「(じれったくなる)・・・見つかる見つかる!!ほわ、行こ!(手を差し出して)」
A「・・・・・・うん。」
 
A、Bの手を握りしめ、歩き出す。B、Aを連れながら、舞台の回りをグルグル歩き出す
 
B「ここら辺も探した?」
A「探した」
B「こういう狭い隙間とかは?あの子、普通はいるか?ってとこにも普通に入るからさ。」
A「探した。トラックの下も、事犯木下も、裏も、みんな探した」
B「もっと遠いところまで行っちゃったかもしれないね」
A「隣町まで行っちゃったとか?」
B「ううん。もっと、もっと遠いところ・・・」
Aアメリカ?カナダ?北極大陸?
B「ううん。もっと、もっともっと遠いところ・・・」
A「・・・宇宙?」
B「・・・そうだね、宇宙が一番「そこ」に近いだろうね。」
A「・・・やだ。」
 
A、歩くのをやめる。Bも止まる
 
A「そんなところまで行ったら探せないよ。宇宙に行くのに、どれだけお金をためなきゃならないの?どれだけ体鍛えないといけないの?・・・どれだけ、時間がかかるの?」
B「・・・・・・」
A「私は、一日でも早く帰ってきて欲しいのに・・・「大切なもの」に・・・一日も早く会いたいのに・・・」
B「・・・そうだね。会いたい、よね。」
A「見つかる・・・よね?」
B「え・・・う・・・」
A「見つかるって言ってくれたもんね。」
B「・・・うん・・・」
A「じゃ、すぐ見つかるよね。」
B「え・・・すぐ・・・って・・・」
A「本当のこと言って!!」
B「・・・・・・見つかる。すぐ見つかるよ。」
A「(笑顔でうなずく)じゃあ、私、これからあの人と会うから」
B「うん」
A「あの人も、探してくれるよね。お願いしたら手伝ってくれるよね。」
B「うん。あいつなら、そうしてくれるよ。」
A「じゃあ、また。ありがとね。」
 
A、手を振り去っていく。
 
B「はげましのつもりだった。「きっと見つかるよ」。私にはそれしか言えなかった。とんでもない嘘を言ったかもしれない。でも、私にもあの子がどこにいるのかわからない。何をしているのかも、わからない。だから、全てが嘘じゃない。あの子は・・・たぶん。・・・いや絶対に・・・」
 
B、うつむき動きを止める証明深い青。
Aが入ってくる。誰かを探している様子。
 
A「どこにいったの?私の「もう一つ大切なもの」。あなたに、私の「大切なもの」を見つけてほしいのに。あなたはどこにいったの?「もう一つ大切なもの」・・・・・・?どこへ行ったの?」
 
探しながらはける。B、顔を上げる。
 
B「彼とその猫の毛の色は、どちらも真っ黒でした。日本人だから、髪が黒いのは同じですが、彼女が彼を好きになった理由はそれでした「大切なものと似ているから」彼女がそう言うと、彼は決まって傷ついたような笑みを浮かべ、「まだ君の『大切な人』になれないのかな?」と一言、寂しそうにつぶやきました。しかし、彼女は彼の心情に気づくことなく、「そうよ」と、答えてしまったのです。その晩、彼女の大切なものは、姿を消しました。彼女は必死に探しましたが、未だに、見つけることはできませんでした。」
 
照明(青)がつく、空き地。B、Aを待っている様子。やがてAがやってKる。その表情は暗い。
 
B「おはよ。」
A「・・・おはよ。」
B「元気ないね。」
A「そう見える?」
B「そう見える」
A「・・・・・・」
B「やっぱり、心配、だもんね。」
A「・・・・・・」
B「ところで、あいつにちゃんとお願いした?」
A「え・・・」
B「あの子、探し出してくれるよう、お願いした?」
A「・・・いなかった。」
B「あいつが・・・?」
A「(うなずく)約束の場所に、いなかった」
B「・・・約束・・・破ったの?あいつ・・・」
A「・・・指きり・・・したのに。」
B「なんで・・・・・・なんでよ、あいつが頼りなのに。そしたら私は・・・・・・!!っ・・・」
A「・・・ごめん・・・」
B「・・・ごめん・・・」
A「・・・あのね。あの人。いなかったの。」
B「うん。聞いたよ。ひどいよね。指切りしたのに」
A「・・・あの人居なくなっちゃったの・・・」
B「え・・・?」
A「あの人・・・消えちゃったの・・・私の「大切なもの」が消えちゃった、その日に・・・」
B「・・・消えた?どういうこと?」
A「いなくなったってこと。私の前から・・・みんなの、前から・・・」
B「まさか!?」
 
B、携帯電話を取り出し、「あの人」に電話。
しかしつながらない。
 
 
B「・・・・・・電話した?」
A(首を振る)
B「あいつの家に、言った?」
A(首を振る)
B「じゃあ、わからないじゃない。今たまたまつながらないだけで・・・」
A「(手を出して)貸して。」
B「え?これ?(携帯指差して)」
A「電話する」
B「でも、つながんないよ?」
A「つながってるじゃない。」
B「え?」
 
A、Bから奪い取るように携帯電話をとる。
 
A「もしもし。あなた、誰ですか。私の「もう一つ大切なもの」返して下さい。・・・聞こえてるんでしょ?お願いしますかわって下さい、かわって下さい。かわって下さいかわってくださいカワッテクダサイカワッテ・・・」
B「(さえぎるように)うるさいっ!!」
A「・・・・・・また、かけなおします・・・」
 
A電話切る。B怒鳴りつけたい気持ちを必死でおさえこむ。
 
A「・・・どうして「大切なもの」が、消えていくの?」
B「・・・・・・」
A「どうして、私の前から姿を消していくの?」
 
A、膝をついて、手を地面につき、うなだれる。
B、気持ちが落ち着いたのか、顔を上げてAを見据える。
 
B「・・・本当に、大切なものなの?」
A「・・・・・・」
B「本当に、その二つは、あなたの「大切なもの」なの?」
A「・・・本当だよ?あの子も、あの人も・・・」
B「嘘つき。」
A「嘘じゃない。あの二つは私の「本当に大切なもの」」
B「好きなの?」
A「・・・何が・・・?」
B「あなたは、本当にその「大切なもの」が好きなの?こじつけてるんじゃないの?」
A「・・・なんで?好きじゃなかったら「大切なもの」なんかじゃないじゃない」
B「今、大切なものじゃないって気づいたら、全てがムダになるって思ってるんでしょ」
A「ちがう・・・あの二つは大切なものなの。消えたらいやなの」
B「大切だと気づいた「時」がムダになるから、認めたくないんでしょ?」
A「ちがう!!」
 
A、耳を押さえ座り込む。終いには泣いてしまう。
 
B「・・・「二つのこと」よく考えてやりな。」
 
B、それだけ言うと去ってしまう、A、やがて泣き止み、座り込みながら何かを考え込む。照明深い青に。
 
A「・・・あの日も、こんなふうに泣いていた。母に、お願い。お願いって、頼んでた。雨にぬれながら、すっかりぬれてドロドロになったダンボール箱をしっかり両手でかかえながら、その中に入っているものを私はほしがった。母の顔を気にしながらお願い、お願いって・・・その横で、あの人もお願いしてた。お願いします。お願いしますって・・・。急に、ダンボールが崩れて落ちた。中のものが、とびだした。それは、私の周りを一周くらい回って、ぬれた頭を私のくるぶしにこすりつけてきた。私の横にいたあの人が「ぬれたら、何の生き物かわからないや」て言った。涙が降りつづく雨のように流れつづけた。その日からその子は私の「大切なもの」になった。一生大切なものにするつもりだった。あの人も私の「もう一つ大切なもの」になった。ずっと大切なものにするつもちだった。初めは、とっても大好きだった、でも、本当に好きなのか疑問を持つようになった。だんだん、好きではなくなってきた。でも、せっかく手に入れた「大切なもの」を「だったもの」にするわけにはいかないって思った。二つは「毛玉ボール」と同じような存在だった。」
 
A、立ち上がり、手のひらをこすり合わせる。
 
A「つくるのは簡単。でも捨てるのは、難しい。でも、つくり続けてしまう。だから、たまっていく。「大切なもの」はたまっていく。好きでなくなっても、たまっていく・・・・・・」
 
Aはこすり続けている。Bが入ってくる。
Bも手をこすり合わせている。
 
B「だから私も捨てられない。もう放っておこうと思っても、それができない。必ず、彼女につきあってしまう。今日も、彼女と一緒にあの子を探している。「もう一つ大切なもの」は、どうするのだろう。私はそいつに全てをまかせたつもりだった。「代わり」がいれば捨てられることもできようって思った。でも、ムダだった。結局あいつはいなくなったのだ。代わりなんていないんだ。つくってしまったから、たまってしまったんだ・・・。」
 
二人、こすり続ける。しばらくしたらそれをもむように握り、手のひらを上に向ける(毛玉ボールを手のひらにのせているかんじで)やがて、その手を徐々に傾けていって
暗転
 
照明(赤。夕焼け色)をつける。空地。Aがぽつんとすわっている。空を仰ぎながら、呆けた顔をしている。
Bがやってくる。
 
B「・・・・・・久しぶり」
A「・・・久しぶり」
B「・・・元気だった?」
A「うん、そっちは?」
B「ちょっと風邪ひいたけど、すぐ治った。それ以降良好。」
A「そっか」
B「うん」
A「・・・・・・」
B「・・・ねぇ」
A「ん?」
B「・・・ネコ見つかった・・・?」
A「・・・まだ。」
B「・・・彼は・・・?」
A「・・・まだ。」
B「もう・・・2週間たつね・・・」
A「うん・・・」
B「・・・探そ。また。二人でさ。」
A「・・・・・・」
B「ほら、私、チラシつくってきたんだ。ちょっとは効率アップするかもしれないでしょ?今からこれはって・・・」
A「もう、いいの。」
B「え・・・」
A「もうやめたの。」
B「・・・探さないってこと?」
A(うなずく)
B「・・・探さなくていいの?」
A「・・・決めたの」
B「私が・・・あんなこと言ったから?」
A「それもあるけど・・・これは自分で決めたこと。」
B「・・・じゃあ、あなたはどうするつもりなの?」
A「・・・待ってる。二人が帰ってくるのを。」
B「・・・時間かかるかもしれないよ。」
A「いいの。帰ってくるなら。」
B「もしかして・・・もう・・・帰ってこないとしたら・・・?」
A「そんなの、わかんない。とにかく帰ってくるまでずーっとこの空地の真ん中で、ずーっとずーっと待ってる。」
B「好き、なのね。」
A「うん、好き。やっぱりずっと二人のことが好き。」
B「・・・・・・そっか。」
A「うん」
B「・・・私も、待っていていい?」
A「え?」
B「あなたの隣で、二人が帰ってくるのをずっと待っていてもいい?」
A「待ってて、くれるの?」
B(うなずく)
A「ありがとっ」
B「「好きだから」」
 
二人、微笑みあう。B、Aの横に座る
 
A「・・・ミーケ」
B「?」
A「ゆうーや。」
B「どうしたの?」
A「時々、名前呼ぶの。私の声に気づいて、帰ってきれくれるかもしれないから。」
B「そっか」
A「ミケもゆうやも」
B「もう言わないの?」
A「?何て?」
B「「大切なもの」と「もう一つ大切なもの」って」
A「大切なものは大切なものだもの。「もう一つ」なんていらない。二つとも、私にとって「大切なもの」」
B「そっか」
A「今更気づいて、遅いかもしれない、けど・・・」
B「・・・呼んであげよ。2人に。」
A「・・・うん。」
B「ミーケ」
A「ゆうーや」
B「ゆうーやー」
A「ミーケー!!」
B「ミーケー!!!」
A「ゆーやー!!!」
B「りょーうこー(しまいにAの名を呼ぶ)」
A「いーつみー!!(Bの名前を呼ぶ)」
B「りょーうこ!!」
A「いーつみ!!」
B「りょうこー!!」
A「いつみー!!!」
B「りょ・・・(何かに気づき耳をすます)」
A「?どうしたの。」
B「今、鈴の音が聞こえた気がした・・・」
A「えっ!?」
B「軽い、コロコロって感じの、ミケがつけていた首輪の鈴とよく似ている。」
A「どこ?どこから聞こえる」
B「わかんない。もう、聞こえない」
A「そっか・・・」
B「でも、聞こえた」
A「うん。いつみには聞こえた」
B「嘘じゃない」
A「うん。」
B「私、あんたに嘘ついたことある?」
A「ううん、ないよ。」
B「・・・あいつも、この近くにいるのかな。」
A「・・・ゆうやは人間だもの。自分のお家に帰れないわけがない。」
B「どこかの国に、ラチされてたら?」
A「返してくれるまで、待つ。」
B「もしかして誘拐されてて、お家に多額の金を要求されてたら?」
A「お金、私の貯金から全部出して、お家の人に渡す。そして返してもらう。」
B「もし、お家の人があいつを監禁していたとしたら。」
A「お家の人が許してくれるまで説得する。そして待っている。」
B「・・・好きだね。」
A「うん。「大切な人」だから・・・」
B「「一つのもの」からやっと解放されたのに、あいつはどこにいるんだろうねぇ」
A「わかんない・・・でも、この空の下に必ずいるよ。きっと・・・たぶん・・・ううん。絶対!!」
B「あいつの家。行こっ。」
A「ゆうやの、お家?」
B「まだ、言ってないんでしょ?あいつ待っているかもしれない。」
A「私も、待っているよ。」
B「どっちも待っていたって、意味がない。」
A「・・・ゆうや、いる・・・かな?」
B「・・・いて欲しいんでしょ?いないかもしれないから、行くのが怖かったんでしょ?」
A「・・・うん・・・」
B「私もついて行ってあげるから、ほら、行こ。(手を差し出す)」
A「許して・・・くれるかな」
B「うん、許してくれる。」
A「私のこと、好きでいてくれるかな・・・?」
B「絶対、好きだと思う。」
A「・・・いる・・・かな。」
B「いるよ」
A「・・・うん」
B「ほら、行くよ。」
 
A、Bの手を握り、歩き出す。
 
A「・・・いつみ」
B「ん?」
A「大好きだよ。」
B「私も。」
 
二人向かい合って笑う。そして、再び歩き出す。
 
                                     お終い。