(公園のベンチ。女が座っている。)
(駆け込んでくる男。きょろきょろと誰かを探している様子。お目当ての人がいないことが分かり、がっくりとベンチに倒れ込む。と、女に気づく。)
(携帯の着信音が響く。二人とも慌てて携帯を取り出し、同時に)
男・女「もしもし?!」
(下手から通行人が、楽しげに電話しながら通過していく。)
男「…ふぅ。」
女「…もう。」
(ややあって顔を見合わせる。)
男「…あの、今、何時ですか?」
(女、携帯をいらいらと見ていたが、顔を上げて)
女「二時、ですね…」
男「二時、ですか…はぁ」
女「二時、ですね…はぁ」
男・女「はぁ…」
女「あの、二時が何か…」
男「…え、いや、そのー、…僕の時計が間違ってるんじゃないかと思って…」
女「間違い、ないみたいですね…」
男「そう、ですか…」
女「あの、どうか、したんですか?」
男「実は…待ち合わせしてたんですよね。ここに、こーんな髪の女の子、いませんでした?」
女「私が来た時は、っていっても30分くらい前だけど、その時は誰もいませんでしたよ。」男「そうですか…。やっぱりか…」
女「大事な約束だったんですか?」
男「いや…その…」
女「何時に待ち合わせてたんですか?」
男「…一時、です…。」
女「え?一時?一時間も前?」
男「…僕、いつも時間に遅れちゃうんですよね。だから友達とはいつも1時間前に待ち合わせるんです。」
女「そうですか…今日もお友達と?」
男「いや…(突然)うああああーーーっ!!}
女「?!」
男「はぁ、はぁ、す、すいません、取り乱しちゃって…今日は、今日は、友達じゃなくて…デートだったんです!苦節3ヶ月!誘いに誘ってやっとオーケーしてくれた、初めてのデートだったんですぅぅぅ!うああああっ!」
女「そ、そんなに大切な約束なのに、なんで遅れたり…?」
男「そこがわかんないとこなんですよ。今日は一生に一度の大事な日だから、気合い入れて用意して、昨日も早く寝たんですよ。なのに…うああああっ」
女「うーん、あ、分かった、早く寝すぎたから早く目が覚めて、もう一回寝ちゃったとか?」
男「いや、ちゃんと計画通りに起きましたよ。でもなんでこうなっちゃうんだろ…うあああああっ」
女「わ、分かったから、ちょっと落ち着いて。さっきからあなたが絶叫するたびに、人がこっち見るのよね。」
男「あ、す、す、すいません。見ず知らずの方にすっかりご迷惑を…」
女「いえ、それはいいんですけど」
男「あなたも約束があったのでは?」
女「…ええ、まあ…」
男「あなたももしかしてデートの待ち合わせですか?」
女「いや、まあ、その…」
男「す、すいません!こんなことしてる場合じゃないですよね」
女「いいんです。こっちも、まだみたいだから…」
男「え?」
女「…実は、私の彼はあなたっみたいに、待ち合わせの時間を守れない人なの。といっても遅れてくるんじゃなくて、自分の好きな時間に来て、私がいなかったらどこかに行っちゃうっていう気まぐれな人なの。今日も待ち合わせは二時だから、早めに来たんだけど、、まだ来てないのか、どこかに行っちゃったのか…ふぅ。疲れちゃった。」
男「そんな人もいるんですね…」
女「ごめんなさい。見ず知らずのあなたに愚痴っちゃって」
男「いえいえ、い、いいんですよ!あなたも大変ですね」
女「…ありがと」
男・女「…」
女「今日はもう会えないかなっと。(泣く)」
男「そうですね…(と未練がましく携帯を見る…再びこみあげる涙)うああああああっ!」
女「(ぎょっとして我に返り)ちょ、ちょっと!」
男「す、すみません!(泣きじゃくる)」
女「ちょ、ちょっと、やめてよ、これってまるで私があなたに別れ話を切り出して泣かれちゃってるみたいな状況じゃない。ほら、みんながこっちを見てるってば!」
男「だって、だって(と、泣きじゃくる)」
女「もう、しっかりしなさいよ!」
(女、だんだん腹が立ってくる。彼にもこいつにも)
女「ちょっと!」
男「…ひっくひっく」
女「ちょっと!」
男「…ひっくひっく」
女「(ドスのきいた声で)おい!」
男「(びくっとして)はいぃっ?!」
女「…おまえなあ、さっきからなんべん言ってんだよ!おまえが泣いたり叫んだりするたんびに人がこっちを見るんだって!これってまるで別れを切り出して男を泣かしてる女っていう状況なんだってゆってんだろ!このぼけ!のろま!そんなんだから女に逃げられんだよ!しっかりせんかいこのふぬけヤロー!!」
男「(あっけにとられて女を見つめる)す、すいません」
女「ったくよぉ、あいつもあいつだ。二時っつったら二時なんだよ!一時五十九分でも二時一分でもなく、二時っつったら二時なんだよ!なんでいっつも一時間前とか一時間あととか、そういう人バカにしたような時間にしかこねえんだよ!お前は忍者か!時間泥棒か!時計がよめねえんならもっぺん小学校いってお勉強してきやがれってんだ!長い針と短い針ひっこぬいて、右の耳と左の耳にぶちこんだろか!」
男「(絶句)」
女「はあ、はあ…」
男「(絶句)」
女「…こんなもん、こんなもん、なんだってんだ!(と、時計を取り出し、むちゃくちゃに踏みつけて壊してしまう)」
女「くそーーー!(と男の首をしめる)」
男「ぐぇぇぇ!…あ、あの!」
女「こんにゃろこんにゃろ!」
んあ?!」
男「あ、あの、みんな見てますけど…」
女「はっ?!(視線に気づく)」
男「あ、あの、これって、はたから見ると、別れを切り出されて逆ギレしている女って状況だと思うんですけど…」
女「なにぃっ?!」
男「ほら、あそこの男の子、ずっとこっち見てたんだけど」
女「…(苦しい作り笑い)」
男「あーあ、泣いちゃった…。あっちのおばあさんは、こっちに気を取られて転んじゃったし」
女「…」
男「ちょっと落ち着きましょうか。僕、なんか買ってきますから。はい、これで汗ふいて」
女「(ベンチにへたりこむ)」
(男、どこかから缶ジュースを片手に戻ってくる)
男「はい、どうぞ。」
女「…ありがとう」
男「しかし、困ったもんですね。僕も病気だけど、あなたの彼も相当困った人みたいだ」
女「…そう。でも、好きなの。」
男「そう。分かっているのに、どうにもならないことってあるんですよね。どうしたらいいんだろ。」
女「時間のことなんかちょっとしたことよね。彼に、『時間守ってよ』って、ちゃんと言えたらいいいんだけど、そんなこと言ったら嫌われるんじゃないかって思っちゃって。
男「そうなんですか…」
女「時間のことだけじゃないの。会うのも彼の都合のいい時だけ、いつ電話があるかわかんないからいつも予定空けてなきゃいけないし、予定入ってて断るとずっと会ってくれなくなるし…彼に会うためにドタキャンばっかりしてたから、友達もいなくなっちゃったし」
男「…」
女「…なんで私、こんなんだろ。」
男「うーん。」
女「…なんでいっつも彼に合わせちゃうんだろ」
男「…好き、だからじゃないですか?」
女「好き?」
男「うん。でも、彼の気持ちがちょっと分からないな。ほんとにあなたのこと大切に思ってるのなら、あなたにはあなたの世界があるってこと、分かってくれるはずだけど…」
女「私の、世界?」
男「うん。あなたには友達やあなたの予定があって、っていうこと。それでも会いたいから約束するわけでしょう。」
女「そう、よね…。私、いっつも彼がどっか行っちゃいそうで怖くて。行かないで、とか、自分の思ってること言えなくて、結局自分が合わせちゃうのよね。」
男「そうなんですか…ま、気持ち分かるな。好きな人だったらそんな風に合せちゃうもんですよ。でも、あなた、ちょっと苦しそうな気がする。」
女「苦しい?」
男「そう。彼を好きだからっていう気持ちだけで、自分がいなくなってる、そんな気がする。」
女「自分が、いなくなってる…」
男「あ、いや、すみません、僕、えらそうにこんなこと言えたりする立場じゃなかったんだ。ちょっとそんな気がしただけですから、気を悪くしないで下さい。」
女「ううん、いいの、なんか、ぼんやりと思ってたことだったから。言ってもらえてスッキリした…」
男「いえ、ほんっとすいません。気にしないで下さいね。ただ、もっと自分の思ってることとか、こうしたいってこと、言えばいいのにって思ったから。すいません。…僕、今、こうやって話しててちょっと分かってきた感じです。僕だって彼女のこと好きなんだから、時間守るくらいできるはずですよね。彼女のこと好きだったらできるはずですよね。うん、もう一回頑張ろう。」
女「私も、もう少し考えてみる。ほんとに好きだっていうのはどういうことなのか…」
男「そうですね。それがいいかも。…ご迷惑をおかけして、すみませんでした。」
女「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。すっかりつきあわせちゃって」
男「いいんです。僕、彼女に電話してみます。まだ近くにいるかもしれないし。」
女「そうね。私も帰って、もう一回考えてみる。ありがとう。」
男「こちらこそ。うまく行くといいですね」
女「ええ。あなたも。」
男「じゃ、行きます」                          
女「さよなら」
男「さよなら。」
(二人、立ち上がり、それぞれ反対方向へ去っていく)    ー終ー