『タイトル無し』 北陸 清水
 
男子A
男子B
先生
男子Bの母
看護士(声のみでも可)
医師
 
救急車のサイレンの音が遠くから次第に近づいてくる。
救急車の止まる音。
ドアが開き、タンカーで運ぶ音。
人々のやりとりする声。足音などが聞こえてくる。
幕が開く。
下手のソファに先生が一人座っている。
男子学生A、ウロウロと歩き回っており
時折正面の向こうを気にする。
ふと気が付いてズボンのポケットから取り出したのは鳴子。
パタパタ、と音を鳴らす。
 
先生 おい。
A  え?
先生 だからそれ。
A  あ。やっぱダメっすか。
先生 そりゃそうだろ。
A  (鳴子しまおうとするが、その手を止め)みんな、やってるかなあ。
先生 そりゃやってるさ。
A  先生もオレも、こっち来ちゃったし。
先生 もう本番近いんだし。分かってるさ。
A  久保田ふざけるしなぁ。女子、おしゃべりし出したら止まんないし…。
先生 そんなことより…
A  (下手を気にしながら)遅いなあ。何してるんだろ。
先生 え?
A  お母さん。学校出る前に電話したんだから、もう30分以上経ってるのに。
先生 あいつのお母さん、何やってるの?
A  看護婦さん…?
先生 看護士って言うんだ。
A  ああ、それ。あじさい?ひまわり?南下そういう名前の老人ホームとか言ってたかなぁ。
先生 ふーん。それなら、ちょっとすぐに飛んでくるって訳にもいかんな。
A  そんなことより(鳴子を見て)
先生 そんなことより?
A  どうするんですか?
先生 どうしよう。
A  どうしようって…先生が言い出したんですからね。責任とって下さいよ!
先生 責任って?
A  今更、祭りに出られないなんて冗談じゃない。
先生 冗談じゃない?
A  …って何か都合悪くなると、お前らに任せた・しっかりやってくれ、っていうの無しですよ(鳴子をカチャカチャ言わせて迫ってくる)
先生 しまえよ、それ。大体、30人いないと出られないってのが厳しいよなぁ。こうなったらどんな奴でもいいから、放り込んでやるしかないか。
A 今から踊り覚えさせるの?そんな…後三日しかないっていうのに誰が入ってくれるんですか?!
先生 ここは病院なんだから大きい声出すなって!!
A  ヨサコイ同好会作らないか、お前が初代部長やれってかなり強引に人の事誘っておいて(どうしようもない怒り)
先生 だってお前、小学生のとき美山小学校で踊ってたし、俺だって娘と一緒に出てたし、あの祭りに出てなんかこう…体の奥から感動したっていうか、祭りに酔いしれたっていうか…な?お前も味わったろ?
A  そりゃそうですけど…。こっちも特進クラスだし勉強も大変なのに、あの時なんかだまされたみたいに思って、どっかこう…いやーな感じ引きずってたっていうか。
先生 (キレて)何言ってるんだ!?そりゃ、初めはお前と吉田とあいつ(正面をあごで指して)三人しか居なかったのに、色々生徒に声かけて先生にも声かけて、ようやく30人になって出られるようになったんだから、感謝されてもいいと思ってたのに!何だ、そんな風に思ってたのか!!
A  (もっと前にきて)だって先生の集めてくる生徒、結構ひどいの一杯じゃないスか!停学処分受けたのとか、全然リズム感ない奴とか、斉川なんてまだ右左がうまく分かってないんですよ!?もう振り付けもイマイチって時に、どうするんです!?だから、30人ぎりぎりっていうのはヤバかったんですよ!
先生 俺がどんな思いで人を集めたか…え?お前に分かるのか!?放課後、書道室にこっそり呼んで、お菓子は食わすわたこ焼き、ピザまで…。フン!お陰で半年間飲みに行く金もなかったさ!
看護士 ちょっと何騒いでるんです?(声のみでも可)
 
突っ立ったままで言い合いしていた二人。
しばらくにらみ合うが、やがてソファの右と左に分かれて背を向けるように座る。
沈黙。時々二人は正面の検査室を気にする。
 
A  CT…でしたっけ。長いッスね。
先生 あぁ。
A  あいつバカだから、頭打っても平気ですって。余計刺激になっていいかも。
先生 バカなことを言うもんじゃない。
A  だけど何で倒れたんか…(ハッと気が付いて)そういえば!
先生 え?何だ?
A  (大きく頭を振って)別に何でも無いッス。
先生 気になるなぁ…。
A  あー…全然たいした事じゃなくて。
先生 何か思い当たる事、あるんだろ?
A  あ!(と下手を指すと男子Bの母入ってくる。母は慌ててかけつけた様子で肩で息をしている)
母  先生、うちの子は!?
先生 今、CTの検査中で…。
母  何でそうなったんです!?訳を教えてください!
先生 いやぁ…その、踊りの稽古中にですね…。
母  先生はついていらっしゃった?
先生 いや、僕はちょっと職員室で…。
母  職員室?一緒に見ていらっしゃらなかった?
先生 はぁ…。楽器末なもんで…。
A  あのー…僕、一緒にいたら突然フラーッと。支えようと思ったけど、その前に倒れて。
母  誰もうちの子を守っていなかったの?
二人、返事が出来ない。
母  まったく…。だから最初から反対したのに!もし、うちの子に何かあったら責任とって貰いますからね!
A  責任って…!!(反論するように言いかけるのを先生が制して)
先生 とりあえず検査の結果を待ちましょう。
(この時、正面の部屋から声がかかる)
声  横山さん、横山直樹君のお家の方ですか?
母  あ、はい。母親です。
声  どうぞ。中で先生からお話がありますのでお入りください。
母  はい。
 
暗転。
間もなく上手の椅子に母と医師が向かい合って座っている。
 
医師 お母さん、CT・血液・尿で見たところ、ひどい以上は見つからないですが…。
母  …ですが?
医師 ちょっとかなり酷い貧血症状と肝機能が弱ってますね。それに栄養失調。
母  栄養失調!?
医師 ダイエットされていたようですよ。それも、かなりひどい。
母  ダイエット!?
医師 ご存知じゃないんですか…?
母  えっ?……えぇ……まさか……。
医師 近頃、簡単に薬でできるんですよ。
母  薬?
医師 海外から簡単に入ってくるんですよ。インターネットで注文も簡単。
母  そういえば母が、直樹がこの頃夕食をほとんど食べないって…。塾で食べるから、お金もたせてるって…。だからてっきり…。
医師 まぁ、三日ほど安静にして点滴打てばすぐに良くなりますよ。でも
母  でも?
医師 祭りはやめた方が良いですよ。ヨサコイでしょ?直樹君の体にはきつすぎます。
母  はい。勿論やめさせます。
医師 ところが、本人は出ると言っているんです。
母  はぁ!?
医師 自分が欠けたら出られなくなるからって…。
母  倒れてまで何言ってるんでしょう…。
 
暗転。
先ほどの待合室に先生とAと母の三人。
母の話に驚いた様子の二人。
 
母  そういう訳だそうで。
先生 まさか…
母  私も耳を疑いました。ダイエットって若い女の子のやることだって思ってたし。
先生 お前(Aに向かって)知ってたんじゃないのか!?
A  あ、あぁ…えーっと…いや…ひょっとしてって……。
先生 ひょっとして?
A  何か、春頃から食わなくなったなぁって。それまでは二限目に弁当食って、昼にパン2つ3つ食ってたんですけど。
母  そう言えばジュースのペットボトル、冷蔵庫に入ってない…。
先生 家で食べてなかったのに、気が付かないなんて。そんなにお忙しいんですか?
母  えぇ…。特に昨年から指導主事任されて。夜勤まではしなくなりましたが、そう言えば子供とまともに話す時間も無くて…。
先生 …そうですか。
母  で、アレ。ヨサコイ出られないのでお願いします。
A  え?やっぱりダメですか?
母  そりゃそうでしょ。倒れたんでしょ?貧血だし真夏の駅前でどうやって踊るんです?
A  直樹が出られなかったら…パレードに参加できないんです。
母  どうして?
A  30人いないと参加できないんです。
母  だったら、うちの子にどうしろと?
先生 そりゃ、出られなくて当然。何とかします。
A  何とかって…どうできるって言うんです?
 
そこへB(直樹)出てくる
 
B  俺、出るよ!
母  直樹!
先生 横山!
A  直樹!(ほぼ同時に)
 
母が体を支えようとすると、その手を振りほどき離れようとする。
 
B  今まで練習してきたんだし、自分のせいで出られなくなったら一生後悔するし。
母  何、バカなこと!また倒れるのよ?もっと皆さんに迷惑かけるじゃない!
B  ボンレスハムって笑われたんだ…。女の子にさ。自分の腹が急に嫌いになった。
母  そんなこと…今言わなくたって…。
B  代わりたかったんだ。帰宅部の生活も飽きたし、かといってしたいこともないし。
A  俺、お前がやってくれるなら部長引き受けていいと思った。
先生 直樹、初めはダラダラやってたけど、段々良くなってきた。一年も入ってきたしな。
母  先生、直樹を出す訳にはいきません。……その代わり、私が出ます。
三人 えー!?
母  私、何とか時間やりくりして踊り練習します。ビデオとかあるんでしょ?
先生 うん、そうか。そういう手もあった。お母さん、最悪踊れなかったらうちのチームの旗持って動き回れば良いですよ。
母  はい。今まで何にもしてやれなかったし。そのくらい何とかなりますよね。
A  あぁ、良かった。一時はどうなるかと思ったもん。
 
皆がホッとし、笑い声が立つような明るいおしゃべりが交わされるが、そこへ
 
B  やめてくれ!そんなことしたら、俺は一生ダイエットやめない!!
 
皆呆然とする中で幕が下りる。